2015/05/22(Fri)
天北線

まずは下り (稚内方面行き) を見てみます。

札幌発稚内行きの急行利尻が音威子府に3時13分に到着するので、それに連絡する天北線下り始発も3時44分発と めちゃ早い。 そのまま走り通し 稚内7時31分着の通学列車となる。
稚内に着くと、折り返し 声問行きになり、稚内 → 声問 → 南稚内 → 恵北 → 稚内と、近い時間に細かく行ったり来たり。 各終着駅では3~4分の早業で折り返す。 恵北行きなんて便があったとは知りませんでした。
この連続の区間便は、稚内高校と稚内商工高校の2高校の最寄り駅である宇遠内仮乗降場への通学列車だと思っていますが どうなんでしょうか。

浜頓別~山軽間に 北頓別仮乗降場があります。 どの辺にあったのだろう。 
北頓別は、この時刻表の半年後の昭和42年9月いっぱいで廃止に。

午後の浜頓別発小石行き。 終点のひと駅手前の鬼志別で30分弱停まり、急行天北に追い抜かれる。  『単線追い抜き』 は個人的に大好物なのですが、通票閉塞路線で、かつ、浜頓別のような中規模ターミナル駅でない駅でこれがあったというのは何ともたまりません。 
それにしてもどうやって退避していたのだろう? 急行天北が2番線に入るとして、小石行きはいったん転線して1番線に逃げるものなのか、それとも当時の鬼志別は 3番線退避が出来るだけの場内・出発信号が備わっていたものなのか。 ご存知の方、または 「私はこうだと思う」 と思われる方、いらっしゃいましたら、ぜひお気軽にコメント欄にご意見をお願いします☆
さらにこの小石行きですが、小石駅に着いたあとでこの車両はどうなっていたのか。 17時40分台に小石で交換がありますが、上下どちらかの列車に併結して戻っていたのだろう。 
なんの根拠もありませんが、稚内行きにくっついていったのかな?と思ってみたり。

今度は上り (音威子府方面行き) を見てみますと、稚内発の始発が4時37分発と、こちらもなかなかの早さ。
朝に小石発浜頓別行きがあります。 この列車の車両は、稚内4時37分発の列車で来て、
小石で切り離していたのかな。
札幌行きの急行天北は 南稚内を通過しています。
稚内20時03分発の最終列車は、音威子府で 札幌行きの急行利尻と連絡していました。
利尻の時刻は画像の左側に見切れていますが、稚内20時30分発で 音威子府には23時32分着の、43分発車でした。

天北線は、大正11年に宗谷本線として稚内まで全通するも、4年後の大正15年に幌延廻りの天塩線 (音威子府~幌延~稚内) も全通。 さらに5年後の昭和5年に幌延廻りの天塩線が宗谷本線に編入され、元々の宗谷本線である音威子府~浜頓別~稚内間は北見線として分離されてしまいました。 で、30年間 北見線で親しまれたのち、昭和36年に天北線と改称されます。
ということで、この時刻表の6年前まで、天北線は北見線という線名でした。

小さいの頃から汽車好きだった私は、天塩中川に居た母方のじいさんから 「天北線は昔、北見線って名前だったんだよ」 と教えてもらい、「へえ、そうなんだー」 と思った記憶があります。 また同時に、「音威子府はトキワ村だった。 今でも常盤産業とか常盤砂利とか、そこかしこにトキワの名が残ってる」 と言われた事も一緒に思い出します。
(中川育ちの母も、 ことあるごとに音威子府は昔トキワだった、と口ぐせのように言います)

【追記】
浜頓別町史を見てみましたが、北頓別仮乗降場の記述はありませんでした。
[ .北見大橋 at 2015/05/22(Fri) 20:18コメント(3) ]
2015/05/20(Wed)
美幸線・興浜南北線・渚滑線

興浜北線。
朝に斜内折り返し便がある。
枝幸町から、浜頓別に朝8時くらいに着く通学列車って無かったのか。

興浜南線。
なんといっても、夕方の雄武発沢木行きという、雄武町内完結の下校列車に目を奪われます。
で、沢木から雄武へは (おそらく) 回送で戻っていく?というのがまた何ともいい感じ。

渚滑線。
渚滑発上渚滑行きの区間列車がある。 北見滝ノ上 朝6時45分発の通学列車に連結して戻っていくのかな?
というか、そもそも渚滑発上渚滑行きは、その6時45分の列車に上渚滑から増結するための送り込み回送を客扱いしているだけと想像してますが、どうなんでしょうか。 こんな時間に上渚滑まで行く人がどれほど居たものなのか。 しかし、上東仮乗降場には停まっているところを見ると、ちゃんと固定客がいたのでしょうね。
それより驚いたのは、その滝ノ上6時45分発の列車の行き先が、紋別ではなく、ひと駅先の元紋別行きだということ!  元紋別地区がそれなりに大きい街なのは知っていますが、まさかあの駅で折り返す列車があったとは知りませんでした。
余談ですが 昭和29年に、紋別郡の上渚滑村、渚滑村、紋別町の3町村が合併して、今の紋別市ができました。
[ .北見大橋 at 2015/05/20(Wed) 20:30コメント(2) ]
2015/05/18(Mon)
名寄本線

駅のラインナップは、平成元年の廃止時と同じです。

名寄発の始発列車が興部で急行天都の車両を分割。 分割した列車の30分後に発車して追いかけ、紋別で追い抜いていく。
それにしても、天都も そのあとの急行旭川も、紋別で交換も無いのに まあまあな時間、停車するのね。 
名寄方面行きの急行旭川に至っては、紋別で35分も停まる。 渚滑線の時刻表を見ると、北見滝ノ上発紋別行きの列車が 渚滑18時20分発 紋別18時28分着で有り、その後も18時59分まで渚滑~紋別間の閉塞が埋まっていて、その結果19時まで紋別に足止めを食らっているようです。 あとは、前を走る(遠軽16時28分発の)普通列車に追いつかないようにしているのと、おそらく、紋別を通過して乗り通すという需要が無いのでしょうね。
旭川8時07分・名寄11時02分発の列車は、旭川からの車両を上興部で分割して、今度は(遠軽9時09分発の)交換列車に連結して名寄へ戻っていくのかな?  興味深いのは、分割併合作業を下川や一ノ橋ではなく、わざわざ天北峠を越えた上興部でやっているということ。 名寄発の最終列車も支庁を越えた、峠の向こうの上興部行きです。 単に上興部地区が大きく乗降客もそれなりにあったからなのか、それとも運用の拠点としての上興部駅だからそうなっているのか。 もし 「上興部地区が大きかったから」 という理由だったとしても、だったら最終列車はあとひと駅、西興部まで行ってあげてもいいのでは?なんて思ったり。

午後に 平日のみ運転の、下川発一ノ橋行きの下校列車がある。 一方で、折り返し便は土日も関係なく走っている?。 (行数の関係で、細かい記載は省略している可能性はありそう)
夜に、興部発渚滑行きという最終列車がある。 紋別までは行かないというのが興味深い。
[ .北見大橋 at 2015/05/18(Mon) 21:18コメント(0) ]
2015/05/13(Wed)
標津線・湧網線

標津線。
多和 仮乗降場は、こんな昔から 1日1本ずつしか停まらなかったのね。
不勉強で、標津線に急行が、しかも2本も走っていたとは知りませんでした。
「らうす」 と 「くなしり」 という愛称もいいですね。

湧網線。
中能取、常呂港、土佐の、昭和47年に早々に廃止となった、常呂周辺の仮乗降場3兄弟が載っています。
多和とは対照的に、大曲仮乗降場の停車本数の多さにびっくり。
「名寄本線の湧別支線は、湧網線と運用が一体していた」 という話しを聞いたことはありましたが、この時刻表を見て納得です。 というか、湧別支線はこんな昔から1日2往復しか無かったのか (苦笑)
夕方に、卯原内発網走行きという区間列車があります。
[ .北見大橋 at 2015/05/13(Wed) 21:00コメント(0) ]
2015/05/13(Wed)
相生線・根北線・釧網本線

釧網線の桂台仮乗降場はこの時刻表の翌月、昭和42年4月の開業なので 載っていません。
相生線の高校前仮乗降場が 「津別高校前」 と表記されており、かつてはそう呼ばれていたのか、それとも単なる誤記なのか、調べてみたくなりました。 (手がかりはほとんど無いだろうけど)
根北線は昭和32年開業の 昭和45年11月末廃止なので、廃止3年半前のダイヤということになります。 ここでは1日4往復ですが、廃止直前は1日2往復という悲惨な本数でした。 
3つの仮乗降場(西二線、十四号、十六号)は載っておらず。

【追記】
昭和46年発行の津別町史を見てみたところ、相生線の高校前仮乗降場は そのまま 「高校前乗降場」 として載っていました。
備考欄に 「高校PTAからの要請で設置」 とありました。
[ .北見大橋 at 2015/05/13(Wed) 20:55コメント(0) ]
2015/05/12(Tue)
相生線の終点、北見相生駅跡に飾ってある
昭和42年3月当時の時刻表。

時刻表 1


石北本線を見てみます

時刻表 2

新栄野がまだ 「野上」 で 、下相ノ内、鳥ノ沢があり、常紋信号場も載っている。 
上越もまだ 「駅」 ですね。
朝に、遠軽発奥白滝行きの折り返し便の、奥白滝発遠軽行きがある。
旭川発旭川行きの循環急行 「旭川」 がある。
今も健在の、東相ノ内にある北見工業高校の生徒のための下校用列車と思われる東相ノ内折り返しの列車って、こんな古い時代からあるのね。


時刻表 3

函館行きの特急おおとりは、留辺蘂と上川を通過しています。
美幌町の鳥ノ沢仮乗降場は、美幌駅方向のみの利用しか考慮していない停車本数です。
下相ノ内仮乗降場は、時刻表の上では 下り北見方面列車の停車は無く、「帰り」 用の留辺蘂方面の列車の停車が一本のみで、それも22時という異例の遅さ。
北見方面の列車は本当に全便通過だったのか、それとも根北線や湧別支線の四号線などのように 「ホームに人が居たら停まる」 システムだったのだろうか?
[ .北見大橋 at 2015/05/12(Tue) 20:55コメント(0) ]
2015/05/02(Sat)
旧・上士別村の天塩川以南の地区と、旧・朝日町の学校めぐりをしてきました。
(上士別村は昭和29年に、士別町、温根別村、多寄村と合併して士別市へ。
 朝日町は昭和24年に上士別村から分村 (分村時は朝日村)、
 平成17年(2005年)に士別市と合併して 士別市に)



旧・朝日町の中心部(昔の呼び方でいう奥士別地区)からペンケヌカナンプ川沿いに南下。

壬子小学校
  南朝日地区にある 壬子(じんし)小学校跡



三栄小学校
  三栄小学校跡









地図 1
  で、三栄から片勾配の坂を登り 茂志利トンネルを抜けると茂志利(新奥士別)地区へ
  出るのですが、草木の少ない季節ということで、以前から気になっていた旧道を
  のぞいていくことに。






旧道 1
  地図に丸印を付けた、旧道との分岐点。
  左の、現道の急坂を登ると 茂志利地区へ



旧道 2
  さすがに残雪で完走は出来ないでしょうが、行けるとこまで行ってみる



旧道 3
  この狭い道ながら、しっかり警戒標識が残っている。
  それなりな道だった証し
  


旧道 4
  左奥から登ってきて180度ヘアピンで、右奥へ



旧道 5
  カーブミラーも残っている。



  で、右カーブを抜け直線になったところで、、、

旧道 6
  奥の雪のところにクマさんが居ました*** (写真には写っていません)

  クマは 突然現われたうちのクルマを見るなり 「うわ、なんだっ!?」 という
  仰天した表情で、転げ落ちるように左下の斜面へ逃げていきました。


  自分もちょっとびっくりはしたけれど、どうしよう。
  内心はまだ、この先の限界地点まで 旧道を進みたい気持ちでした。

  クマは明らかにびっくりして逃げて行ったので、そのクマがこっちへ向かってくることはまず
  無いとみましたが、実はそのクマは 体はそこそこ大きいけれどまだ仔グマで、
  親グマが近くに居る、、、なんて話しだったらちょっとヤだなと思い、30秒ほど停止して
  考えたのち、来た道をバックして引き返すことに。


  昔 大学時代に常紋信号場の近くで、(自分は運転席にいて) クルマの、ドア1枚挟んだ
  すぐ真横に、巨大なクマが来た経験があり、それに比べれば今回の遭遇は
  全然かわいいものでしたが、(仮の話しとはいえ) 親グマが子を守る母性は強烈な
  ものがあるので、今回はおとなしく引き返しました。

  怖かったとかいうのではなく、「クマさん、驚かせてゴメン!」 という気持ちが
  第一でした (笑)
  「クマが居た!」 でないですもん。 
  「クマの居る所に わざわざ突入して行った」 が正解ですもんね。


  クマさんは何も悪くありません。









茂志利トンネル 1
  無事分岐点へ戻り、坂を登って茂志利トンネル


茂志利トンネル 2
  岩尾内ダム建設に伴い、朝日町第二の集落、似峡(にさま)地区が水没することで
  物資面をはじめ生活の大半を似峡に依存していた最奥部の茂志利地区は
  大きな影響を受けることになったため、役場のある中心部(奥士別)とを短絡するべく
  昭和41年に掘られたトンネル。






  茂志利地区へ

農協 1
  農協支所 兼 簡易郵便局跡  (郵便局は平成9年に閉局)


農協 2
  「茂志利」 でもあり 「新奥士別」 でもあった (ややこしい)











茂志利小学校 1
  茂志利小学校跡


茂志利小学校 2
  玄関部分は完全に取り壊されて、無くなっている



茂志利小学校 3
  おや?、ふさぎ壁に取り付けられた仮の扉がはずれてるではないか



茂志利小学校 4
  覗いてみたらこんな感じで、いい雰囲気でした
[ .北見大橋 at 2015/05/02(Sat) 00:15コメント(0) ]
2015/04/09(Thu)
3月下旬から網走に来ております

網走駅
  網走駅



せっかくなので本来必要のないカメラを持参して、出勤前にがんばって早起きしたり、または仕事が早く終わった夕方なんかに 特急オホーツクや釧網線の列車などを撮っていたのですが、4~5日前からレンズの絞り機構がおかしくなる症状が出だして 騙しだまし撮っていたものの、とうとう昨日(4月8日)、エラー表示が出て何をやってもシャッターが切れなくなってしまい、完全にカメラが動かなくなってしまいました。

すっかりテンションダウンです。。。

カメラ(レンズ?)が動かなくなった事に対して、というよりは、せっかく朝から天気が良くても、撮りたくても撮れない、という無念さからのテンションダウン。。。
網走には仕事をしに来ているわけで、決して遊びに来ているわけではないのですが、
気分はもうすっかり、映画釣りバカ日誌で、出張先で 楽しみの釣りが出来ずに元気が出ない
スーさん状態です (苦笑)


いま使っているデジタル一眼は8年前に登場した機種なので、「8年間もメンテナンス無しで使っていれば、そりゃあどこか壊れるか」 と、ある意味納得のベテラン機ではありますが、帰ったらすぐ修理見積もりに出さないと ¥¥¥
原因がレンズなのかカメラ本体なのかという所から診てもらわないといけません。 
あぁ、フトコロが痛い。。。

カメラが壊れた途端、網走地方は週末までずっと晴れ予報で、なんとも皮肉なものです (泣)




次の日曜日(4月12日)いっぱいで、こちらでの仕事がおわります






大曲跨線橋
  札幌行きの最終便、オホーツク8号   呼人~網走にて   (17時20分)
  網走17時18分発で、旭川に21時、終点札幌には22時38分着
[ .北見大橋 at 2015/04/09(Thu) 22:50コメント(0) ]
2015/04/09(Thu)
出勤前に、釧網本線の鱒浦~桂台間をゆく、朝の通学列車を撮りに行ってみました

鱒浦 1
  短い鱒浦トンネルから顔を出す、キハ40-700番台


鱒浦 2
  朝の網走行きの2便目、緑発 網走経由 留辺蘂行きの普通列車  (8時06分)

  斜里で滞泊した車両が早朝に緑駅まで回送され、折り返し 緑駅6時50分発、斜里7時半、
  高校に最寄の桂台仮乗降場で3分停車 8時10~13分、網走は20分停車で
  8時17~37分発、北見9時40~50分、終点留辺蘂には10時20分着。
  


鱒浦 3



鱒浦 4
  写真中央右に見える銀色の球状のところ(下水処理場)から網走トンネルで
  海岸段丘をくぐり、一気に網走の中心部へ。
  トンネルを抜けるとすぐ、桂台仮乗降場があります








次の日、同じ列車を 下水処理場の崖の上から俯瞰で
鱒浦 5
  (8時06分)
鱒浦 6





 このあとダメもとで 3分停車の桂台へ急いで行ってみると、列車はまだ停まっていました

桂台 7
  桂台に到着して2分後の、8時12分  



桂台 8
  大勢の高校生が下車し ぞろぞろと坂を登っていくのが見えましたが、
  あと一歩間に合わず、列車とのからみは撮れず。
  右へ500メートルほど急な坂を登ると、道立の網走南ヶ丘高校があります



桂台 9
  写真中央奥やや右手の赤い屋根の建物は、網走市役所。
  中央奥左手が 網走の中心商店街







桂台 10
  発車 (8時13分)

  写真中央奥の白い大きな建物は、平成20年(2008年)春で閉校になった、
  私立網走高校の校舎跡


桂台 11
  最後のカットは、例の絞り機能不具合(もしくはシャッターの不具合?)のため
  露出オーバーになってしまいました (泣)
[ .北見大橋 at 2015/04/09(Thu) 22:45コメント(2) ]
2015/04/09(Thu)
桂台 12
  
釧網本線で網走駅を出ると、600メートルほどの短い区間が高架になっています
(昭和59年に高架化)


桂台 13
  奥の右カーブを曲がると、桂台仮乗降場がある


桂台 14
  網走発 緑行き(釧路行き)を 後追い撮影 (14時28分)
  スカッと晴れている日は、奥に知床半島の山々がきれいに写ります







網走~桂台 1
  その高架を下って、網走駅に進入する釧網線の列車  (17時13分)
  勾配は10パーミル

網走~桂台 2


網走~桂台 3
  木に隠れてほとんど見えませんが、網走では札幌行きの最終オホーツクと、
  または25分待ちで遠軽行きの普通列車と連絡しています








  オホーツクとは4分接続なので、急いで次の場所へ

浜網走
  網走駅の呼人寄りの場所で、札幌行きオホーツク8号 (17時20分)

  列車の手前側に、湧網線が並走していました。
  右に写っている建物の位置に、2代目の浜網走貨物駅があった (昭和59年廃止)







  別の日に撮影の、同じ 札幌行きオホーツク8号

大曲 1

大曲 2
  (17時21分)

網走駅から1.8キロほど並走してきた石北線は、ここで大きくカーブして
湧網線と分かれていました。

この写真は跨線橋の上から撮っていますが、この立ち位置のすぐ左下に
湧網線の大曲仮乗降場がありました。
平成に入ってから(平成7年頃に) この撮影ポイントの跨線橋が造られた際に
踏切跡をはじめ、駅横の住宅も建て替えられたことで、乗降場の痕跡はまったく
わからなくなってしまいました
[ .北見大橋 at 2015/04/09(Thu) 22:40コメント(6) ]
2015/04/09(Thu)
桂台 1
  釧網本線の 桂台仮乗降場  (16時)

  私は昭和63年4月から1年間 網走に住んでいたことがあって、最寄り駅が
  ここ、桂台でした


桂台 2
  幹線道路の坂の途中に隣接しています。
  この道は登りも下りもクルマの平均速度が速く、駐車余地もほとんど無いため
  すこし離れた場所に無理やりクルマを停めて 歩いて行くしかありません


桂台 3
  坂道の下側から。
  見ての通り、駅の真横にクルマを停めることは出来ません
  









桂台 4



桂台 5
  小さな待合室


桂台 6
  電気暖房が付いており、中がポカポカで驚いた


桂台 7



桂台 8











桂台 9
  待合室+屋根付き階段が出来た以外、昔と変わらないホームの雰囲気


桂台 10
  停止目標は、ホームの端に


桂台 11
  この仮乗降場は、奥に向かって登り10パーミルの勾配上にあります


桂台 12
  すぐ奥が長さ530メートルの網走トンネルで、トンネルに入ると下り10パーミルになり
  抜けるとオホーツク海に出ます
  
  

桂台 13
  ということで、こちら向きだと 奥に向かって下り10パーミル



桂台 15
  待合室が無かった時代の、階段の跡。
  待合室は 平成6年(1994年)築



桂台 16
  高校生が集まってきました
[ .北見大橋 at 2015/04/09(Thu) 22:35コメント(3) ]
2015/04/09(Thu)
桂台 21
  網走発釧路行きが到着 (16時17分)


桂台 22



桂台 23
  最寄りの、網走南ケ丘高校の生徒さん


桂台 24
  この日はまだ春休み中でしたが、部活とかで登校していたのかな





桂台 25
  2両目はお尻をはみだして停車


桂台 26
  桂台のホームは20メートル車が楽々2両収まるだけの長さがあり、停止目標は
  ホーム端にあるのですが、雰囲気的に、お客さんの便利がいい階段近くに停まって
  あげるのが習慣になっているようです。
  そのせいかホームの滑り止めが、そこだけはずれて 無くなってしまっています








桂台 27
  2両目のキハ40は斜里で切り離されるらしい










桂台 28
  発車 (16時20分)


桂台 29



桂台 30
















桂台 31
  また別の日に、同じ列車を撮りに桂台へ  (16時15分)
  跨線橋から撮ってみる               



桂台 32
  桂台仮乗降場は、昭和42年設置






桂台 33
  3人が下車


桂台 34



桂台 35







桂台 36
  


桂台 37



桂台 38


桂台 39
[ .北見大橋 at 2015/04/09(Thu) 22:30コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
今季の上川地方(上川盆地内のマチ)は、年が明けてから全然雪が降っておらず
こちらの人が 「こんなに降らないのはめずらしい」 と言うくらい。

実際自分も、正月以来 数えるほどしか家の雪かきをしていなく
冬になればすれ違うのにも難儀するという近所の細道も、ちゃんと2車線分を維持している。
おかげでとても過ごし良い冬となっています。  その一方で、歩合でやってる除雪業者さんは出動回数のあまりの少なさに悲鳴を上げているそうな。

ということで鉄道の方もこの冬は、旭川近郊では定期排雪列車による派手なラッセルシーンを見るのが難しくなっていて、しまいには運休が続出する始末。 
沿線に撮影へ出かけたものの来なかった、という憂き目に遭うことが増えたため、2月に入ってからは、まずは北旭川から旭川へのラッセル回送を確認した上で、改めて撮影ポイントへ移動するというひと手間を加えないと、ムダ足を踏んでしまう状況であります。



ラッセル 1
  今年の正月、(平成27年・2015年)1月2日撮影の、名寄行き 宗谷ラッセル。
  北旭川貨物駅の永山寄りにて。  ウイングは開いていない  (14時44分)


ラッセル 2
  フランジャー上げちゃった







ラッセル 3
  次の日に 同じ場所で










ラッセル 4
  【白滝行き 石北ラッセル】  東旭川駅で旭川行き普通列車と交換
                    先に普通列車が到着  (15時47分)


ラッセル 5
  ラッセルがゆっくり入線。 構内に入ってから、あらためてフランジャーを下げた
  (15時48分)


ラッセル 6
  交換。 この日は石北ラッセルに単線型が入った  (15時49分)
  この写真ではフランジャーは上がっています  


ラッセル 7
  上のライトも点灯して、発車。
  発車して構内踏切を通過したところで、すぐフランジャーを下げた



ラッセル 8
  ラッセルがいなくなると、常駐している除雪要員の方が出てきて
  構内踏切に押しやられた雪をはねていました









ラッセル 9
  【白滝行き 石北ラッセル】  奥に見えるのが東旭川駅。  複線型  (15時50分)









ラッセル 10
  【名寄行き 宗谷ラッセル】  北永山~永山
                    牛朱別川放水路(永山新川)を渡る  (14時50分)



ラッセル 11
  そのまま追いかけ、蘭留へ。
  フランジャーが上がっていると、写真のとおり、ほとんど雪をかかない


ラッセル 12
  ウイングを広げたまま踏切を通過し、フランジャー下げ!  (15時15分)









ラッセル 13
 【白滝行き 石北ラッセル】  愛別~伊香牛 (16時18分)


ラッセル 14
  雪が積もってないので お情けでフランジャーを下げてるだけだけど
  これだけはね上がってくれれば十分です。

  雪が降らない → ラッセルしない、で、線路脇に雪山がまったく出来ていない。。。








ラッセル 15
  【白滝行き 石北ラッセル】  奥に見えるのが南永山駅  (1月29日・15時41分)
                    回送状態。

                    旭川市内は、びっくりするほど積雪がない





2月に入っても相変わらず雪が全然降らないので、気分を切り替え、あえてラッセル作業をしない市街地や駅構内で 積極的に撮っていくことに。
普段は当然ながら、ウイングを広げフランジャーを下げてくれる 「画(え)になる」 場所でしか撮らないわけで、わざわざ そのどちらも閉じてる場所で意図的に撮ったことはこれまでありませんでした。









ラッセル 16
  【名寄行き 宗谷ラッセル】  旭川四条~旭川   1条通りをゆく。
                    たまたまクルマが来なかった。
                    
  DE15が健在なうちに、こういう何げないカットを残しておくのも大事かなと。








ラッセル 17
  【北旭川発旭川行き 石北ラッセルの回送】   旭川~旭川四条間の大カーブをゆく

  新旭川からまっすぐ延びた線路が高架になって旭川四条駅を通過後、下りながら
  旭川駅の手前で R250のきれいな90度の直角カーブ



ラッセル 18
  ほんとはここから地平の旭川駅へ向かってゆるやかに下っていましたが、


ラッセル 19
  そのままの勾配をキープして、高架になった新しい旭川駅へ入っていくようになりました。 
  平成22年10月に高架化   (15時05分)
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:30コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
2月に入ってすぐの頃。
相変わらず、雪が降らない日が続いていました

ラッセル 21
【北旭川発旭川行き 宗谷ラッセルの回送】 旭川~旭川四条間の大カーブを、遠くから。
 (14時03分)                            

ラッセル 22




ラッセル 23
  高架化された現在の旭川駅。
  ずいぶんとモダンな駅になりました


ラッセル 24
  宗谷ラッセルの回送はここに停車して、折り返す  (14時04分)  
  14時30分発。

地上時代の駅舎と通路で直結して建っていた エスタとターミナルホテルは取り壊され、
イオンモール旭川駅前店とJRイン(ホテル)が新たに造られました。  
来月3月下旬に開店します

  
旭川ターミナルホテル
 (参考) 平成19年(2007年)1月に撮影の、エスタと旭川ターミナルホテルの建物

       いったん完全に取り壊した上で、旧ターミナルホテルに似た形状の
       JRインが建てられました 





ラッセル 25
  特急サロベツが稚内へ向け 出て行く (14時10分)
  札幌12時30分発 旭川14時08分 音威子府16時08分 稚内18時10分着

  白い煙は、新旭川駅裏のパルプ工場のもの





  山が見えていたので北永山~永山間へ移動しました

ラッセル 26
  大雪山連邦が美しい。  右端の山が、北海道最高峰の旭岳 (14時51分)

  宗谷ラッセルが走る日は石北ラッセルも走るし、宗谷が走らない日は石北も走らない、と、
  2列車は連動している傾向があるので、石北ラッセルも走ることを期待して 新旭川へ移動
  
  


  石北ラッセルは、旭川駅15時27分発

ラッセル 27
  【白滝行き 石北ラッセル】  南永山~新旭川にて  (15時40分)
  
  これで切り上げるのがもったいなかったので、ダメもとで
  当麻方面へ追っかけてみました





ラッセル 28
  山バックで撮れそうな場所を求め あわただしく雪の水田地帯を走り回るも
  すっきり撮れそうな場所は見つかりませんでした。
  まあ、初めていきなり行って、そんな都合よくいかなくて当然です(笑)

  後ろの学校は、平成15年3月閉校の 当麻町立北星小学校跡



ラッセル 29
  将軍山~当麻  (16時07分)


ラッセル 30
  きれいだなあ



ラッセル 31
  左端の小屋は将軍山仮乗降場の待合室

ひとつ上の 踏切の写真の背後の山が、将軍山 (標高239メートル)
この場所は、標高 約170メートルなので、実質 高さ70メートルくらいの小山。

山には 「屯田兵司令官 永山武四郎将軍 展望之地」 という碑があり、
「史蹟  明治22年9月、永山将軍 この山に登り展望し 眼下の平野に 永山 東旭川 当麻の
 三兵村を置くことに決定せる由緒の地なり 以来 将軍山と呼称す」 とあります。

いまの 「永山」 の地名は 永山武四郎の功績から明治天皇が名付けたもの(!)で、
かつては独立した自治体だった上川郡永山町は、昭和36年に旭川市に編入合併され
旭川市の一地区となりました




ラッセル 32
  このあと夕陽がきれいだったので、東旭川へ行ってみた


ラッセル 33
  旭川発上川行き キハ40の2連  (16時33分)










  また別の日

ラッセル 34
  【白滝行き 石北ラッセル】 東旭川~南永山 牛朱別川橋梁  (15時43分)
  列車は右方向へ走っています


ラッセル 35
  東旭川でラッセルと交換した、当麻発旭川行き  (15時50分)
  奥に見えてるのは、当麻町の中心部
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:25コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
初めて比布駅でラッセルの通過シーンを撮ってみることに

ラッセル 41
  【名寄行き 宗谷ラッセル】  (14時59分)

ラッセル 42
  てっきり一線スルーになっている2番線側をゆっくり通過していくのかと思っていたら
  自分がいる1番線側に入ってきたので、あわてて跨線橋の上へ


ラッセル 43
  駅構内に入ってから、あらためてフランジャー下げ


ラッセル 44



ラッセル 45



ラッセル 46
  ここで停車。  比布で小停止するとは知らなかった







ラッセル 47
  いやあ、きれいだ


ラッセル 48
  いつまで北海道で DE15のラッセルシーンを見られるものなのかなあ

  数年前から自分の中では いつ引退してもいいように
  気分は 「撮り収めモード」 になっています



ラッセル 49
  15時03分に発車


ラッセル 50
  フランジャーは下がっています


ラッセル 51
  出発信号の横あたりでフランジャーを上げ、ポイントを通過していく
  (出発信号の下に立ってる 黒地に黄枠の四角い標識が、フランジャー禁止の標識)


ラッセル 52
  踏切を通過すると、ウイング、フランジャーとも全開で
  ガリガリいわせながら ゆっくり走り去っていきました







  その足で、東旭川へ移動

ラッセル 53
  【白滝行き 石北ラッセル】  東旭川駅の旭川寄りの踏切から撮影  (15時46分)


ラッセル 54



ラッセル 55



ラッセル 56
  (15時48分)











  また別の日 (1週間前)、晴れたので塩狩峠の登り口へ。
  もちろん、回送列車の有無を確認してから出かけます

ラッセル 57
 【名寄行き 宗谷ラッセル】  蘭留駅を通過し、16.7パーミルの勾配を登ってきました



ラッセル 58
  このすぐ先から、登り20パーミルに変わります  
   (塩狩峠は最急勾配 20パーミルの峠)






  またいつものように、その足で石北線へ移動
ラッセル 59
  【白滝行き 石北ラッセル】  当麻駅近くのカーブにて  (16時02分)
  
  ウイングやフランジャーを操作をする保線員さんふたりは乗っておらず、回送状態。
  上川から保線員さんが乗り込んで、北見峠部分の除雪をすると思われます。
 
  「ウイングが開いてない」 とか 「フランジャーが上がってる」 とか、そんなことは、
  ああ、言いません。  言っちゃあいけないのでございます (笑)
  写真が撮れる昼間の時間帯に、運転ダイヤがちゃんとわかった状態で、モーターカーでは
  ない 「車両」 としての正式な除雪用ディーゼル機関車が目の前で見られるという
  超貴重な環境に居(い)られていることに感謝をしないといけません。
  しかも、宗谷線・石北線で、近い時間に2便連続で ですもん。

  ディーゼル機関車好きとして、無くなって騒ぐ前に、今の好環境をたっぷり享受して
  おこうと思います




ラッセル 60
  当麻駅をゆっくり通過していきました。  雪が全然ありません。

  例年、定期排雪列車は3月15日頃まで走っていますが、この調子だと
  (旭川近郊に限っては) 2月いっぱいで運転終了になってもやむなし、という感じです

  音威子府以北や 北見峠の方は、まだそれなりに降っているのかな?
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:20コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
ラッセル 61
  【北旭川発旭川行き 宗谷ラッセルの回送】
   新旭川駅の稚内方にある、宗谷線と石北線の分岐点をゆく  (13時54分)



ラッセル 62
  【名寄行き 宗谷ラッセル】  永山駅に進入  (14時45分)
   








ラッセル 63
  【白滝行き 石北ラッセル】  南永山駅にて (15時40分)

 
ラッセル 64


ラッセル 65


ラッセル 66













ラッセル 67
  【北旭川発旭川行き 宗谷ラッセルの回送】  
   新旭川駅近くの踏切をゆっくり通過  (13時56分)

ラッセル 68


ラッセル 69


ラッセル 70


ラッセル 71









サロベツ 72
  稚内行き特急サロベツが、新旭川駅を通過  (14時13分)










ラッセル 73
  北旭川貨物駅に進入する名寄行き宗谷ラッセルを、後追い撮影  (14時40分)


ラッセル 74
  宗谷線の本線の電化はここまで。
  左奥に分岐するのが北旭川貨物駅への線路で、右の2線は旭川運転所への入出区線



ラッセル 75
  このすぐあとに出区する、石北ラッセルの回送と離合

旭川駅の裏にあった運転所は、高架化工事に伴い 平成15年(2003年)に北旭川へ移転しました。
北旭川~旭川は 距離6.5キロ。 この区間は朝から晩まで回送列車がたくさん走っています
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:16コメント(2) ]
2015/02/25(Wed)
ラッセル 76
  【北旭川発旭川行き 石北ラッセルの回送】  新旭川駅で2分ほど停車
   そのあいだ、旭川方の踏切はずっと閉じたまま  (14時55分)


ラッセル 77


ラッセル 78


ラッセル 79


ラッセル 80


ラッセル 81











ラッセル 82
  【白滝行き 石北ラッセル】  東旭川~南永山  第2牛朱別川橋梁 (15時42分)


ラッセル 83














「超」 が付くほど久しぶりに、雪が降った日に

ラッセル 84
  北永山駅のホームから、名寄行き宗谷ラッセル (14時50分)


ラッセル 85
  駅の手前で フランジャー上げ


ラッセル 86



ラッセル 87













ラッセル 88
  【白滝行き 石北ラッセル】  東旭川~南永山  第2牛朱別川橋梁にて









  東旭川の隣の 桜岡駅へ先回り

ラッセル 89


ラッセル 90
  ポイントを通過し、フランジャー下げ

ラッセル 91


ラッセル 92
  桜岡は、停まらず通過していきます
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:15コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
ラッセル 101
  14時半、宗谷ラッセルが旭川駅から出て行きます

ラッセル 102

ラッセル 103
  名寄行き






ラッセル 104
  その30分後、写真左手から 複線型の石北ラッセルの回送が到着


ラッセル 105
  ホームまで入らず、この位置に停車して折り返す。
  右のレンガ色の建物は、病院


ラッセル 106










ラッセル 107
  新旭川を過ぎ、大きくカーブして宗谷線と分かれます





ラッセル 108
  東旭川~南永山
  本線では、終始 時速30~40キロくらいのゆっくりしたスピードで走っていて
  はたから見ていると ものすごい遅く感じます。

  石北線の踏切は おおよそ500~600メートル前から鳴り始めますが、
  遮断機が下りてからも 全然列車が来ません (笑)






ラッセル 109
  伊香牛駅をゆっくり通過  (16時10分)


ラッセル 110


ラッセル 111









中愛別駅へ進入 (開いた踏切から後追い撮影)

ラッセル 112


ラッセル 113


ラッセル 114
  ここで停車






  反対側の踏切から。

ラッセル 115
  札幌行きオホーツクと交換のため、10分ほど停車









ラッセル 116
  中愛別の先にある、第5石狩川橋梁で待ち構えます




ラッセル 117
  (16時47分)

ラッセル 118
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:14コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
ラッセル 121
  【名寄行き 宗谷ラッセル】  南比布乗降場近く (14時56分)








  また別の日に、地図で目星を付けた、蘭留駅裏手の山に登ってみました

ラッセル 123
  久々に長靴+ジャンバーの下を履き、ひざ下まで雪に埋もれながら
  まっさらな雪原を登ってゆく  (登ってきた道を振り返り)
  

ラッセル 122
  きちんと俯瞰が出来るのかわからないまま、とりあえず上へ上へ。
  息があがり、汗だくに。  (この写真は 下山時に撮ったもの)



ラッセル 124
  上まで登ると、ギリギリ、木々の隙間から下界が見える場所がありました













ラッセル 125
  【名寄行き 宗谷ラッセル】  蘭留~北比布 (15時10分)
   左へ500メートルほど行くと蘭留駅











DE15は蘭留から20パーミルで塩狩峠を登り、頂上にある塩狩駅で長時間停車をするので
疲れて脚(あし)がガクガクになりながらも 塩狩駅へ行ってみました

ラッセル 126

ラッセル 127
  塩狩で旭川行き快速と交換して、さらに名寄行き快速に追い抜かれる。
  ウイング操作の保線員さんは乗っていません  (15時38分)

  


ラッセル 128
  2番線で30分余りの停車





ラッセル 129
  昔から変わらぬ塩狩駅









ラッセル 130
  峠を登ってきた、名寄行き 快速なよろ3号  (15時42分)
  旭川15時発 名寄16時半着


ラッセル 131
  塩狩駅は通過



ラッセル 132
  左に見える建物は、平成25年(2013年)に新築・復活した、
  塩狩ヒュッテ ユースホステル。

  SL時代に世話になった方も多いだろう 「旧・塩狩温泉ユースホステル」 は、
  新しいユースのすぐ奥に、今もそのまま廃墟になって残っています









ラッセル 133

ラッセル 136

ラッセル 134

ラッセル 135
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:13コメント(0) ]
2015/02/25(Wed)
塩狩から愛別へ移動してきました

ラッセル 141
  【白滝行き 石北ラッセル】  愛別駅へ進入  (16時21分)



ラッセル 142
  ここで停車


ラッセル 143
  上川発旭川行きと交換


ラッセル 144
  ラッセルの方が先に発車していきます  (16時23分)


ラッセル 145


ラッセル 146


ラッセル 147
  発車しても 速度が自転車並みに遅いので、急がず跨線橋へ上がったのに
  ひとつ上の写真と比べても まだこれしか進んでいない (笑)











ラッセル 148
  また中愛別駅の先の石狩川橋梁へ。
  下を履いて、雪をこぎこぎ 川の近くまで入ってみました


ラッセル 149
  中愛別でラッセルと交換する、札幌行きオホーツク6号を後追いで
   (16時41分)







ラッセル 150
  (16時49分)


ラッセル 151



ラッセル 152

例年 3月中旬で定期運転は終わりになるので、今季のラッセル撮影はこれにて終了~。
また来年!  (正確には 「また12月に!」 )
[ .北見大橋 at 2015/02/25(Wed) 00:10コメント(0) ]
2015/02/18(Wed)
気がつけば 711系の運用が、残り1ヶ月を切りました

妹背牛 1
  2月に入り だいぶ陽が延びてきたので、旭川に17時10分に着く711系を
  妹背牛まで遠征して撮影。  それでも日の入りギリギリでした
   (妹背牛の深川寄りカーブにて、16時39分)


妹背牛 2
  スカートまわりの雪が、車両限界ピッタリに積もって削れてる。
   (踏切から撮影)

踏切近くのため、この部分ではラッセル車のウイングもフランジャーも禁止の区間なので
雪がこうなってしまうのはしょうがないのですが、左の線路(札幌方向の上り線)の方は
踏切通過後ということでフランジャー禁止が解除され、軌間内の雪がラッセルされているのがわかります。
一方で711系がいる線路は、軌間内の雪が見事にこんもり。




妹背牛 3








妹背牛 4
  踏切通過直後にフランジャーのみ禁止が解除されるので
  軌間内の雪がしっかりはねられています


妹背牛 5
  そしてカーブ区間が終わると、晴れてウイング禁止も解除に。
   (左の緑のひし形が、ウイング禁止解除の標識)


  奥から721系が。






妹背牛 6
  旭川16時10分発の岩見沢行き721系



妹背牛 7
  (16時40分)  




妹背牛 8
  札幌行きスーパーカムイ  (16時48分)
  上の721系のわずか8分後で、この暗さに。
[ .北見大橋 at 2015/02/18(Wed) 00:15コメント(0) ]
2015/02/08(Sun)
平成19年(2007年)8月のお盆時期、灼熱のなか美唄へ行った帰り、幌向駅に散水列車が停まっていました。

散水列車 1
  (14時18分)



785系のスーパーホワイトアローを退避し、岩見沢へ戻る

散水列車 2
  (14時21分)


散水列車 3
  倒れそうになるほどの暑さの中、冷房も何もない機関車の運転士さんは
  大変だろうなあ


散水列車 4
  このとき初めて散水列車を見ました


散水列車 5

  この年は、4回出動しました











翌年、平成20年(2008年)7月下旬、
散水列車の試運転があるというので 見に行ってきました

散水列車 6
  岩見沢を出て、まずは白石へ   厚別~森林公園にて (11時00分)



散水列車 7
  この日は肌寒いくらいの天気。  ほかに3人撮りに来ていました



散水列車 8
  景気良くバシャバシャ水を流してるところを撮ることが出来ました



散水列車 9



散水列車 10



散水列車 11



散水列車 12

岩見沢10時29分発 ~ 江別10時47分 ~ 白石で1時間停車でスイッチバック
11時06分ー12時02分発で千歳線へ入り 島松へ








散水列車 13
  白石発島松行き   島松~北広島にて (12時22分)

白石12時02分発 ~ 北広島12時20分 ~ 島松12時28分着、14分停車で折り返し







散水列車 14
  島松発札幌行き (12時45分)


散水列車 15

島松1242分発 ~ 北広島12時52-56分 ~ 白石13時15-22分 ~ 札幌13時30分着



散水列車 16
  どこか牧歌的でよろし

札幌は4分で折り返し、札幌13時34分発 ~ 厚別13時45ー51分 ~ 江別14時04分
~ 幌向でスーパーカムイを退避 ~ 岩見沢14時34分着

結局この年の夏は涼しいまま過ぎ、散水列車の出動はゼロで終わりました



平成12年(2000年)から走り出した散水列車ですが、平成25年の運転をもって取りやめと
なりました。
[ .北見大橋 at 2015/02/08(Sun) 11:15コメント(0) ]
2015/02/03(Tue)
留萌本線の、真布仮乗降場

真布 1
  平成20年(2008年)4月撮影


真布 2
  昭和31年 設置


真布 3



真布 4



真布 5



真布 6



真布 7



真布 8



真布 9
  大きな待合室の中に、仮乗降場時代の 小型の駅名標が飾られていました


真布 10
  


真布 11














数日前、留萌駅を訪れると

真布 12
  (平成27年1月) 


真布 13



真布 14
  待合室で、「昔の留萌線」 の写真展をやっていました










その中に、

真布 15
  昭和43年(1968年)頃の真布駅という写真が!!

  すごい!  こんな古い時期の仮乗降場の写真なんて、滅多に出てこないぞ








真布 16
  
真布 17
  平成20年(2008年)の写真と比べてみる

  屋根の形が違う。 
  ホームへ上がるスロープの角度が、昔の方が少し急なように見えるけど 気のせいかな








真布 18



真布 19
  今も待合室内に残る、小型の駅名標がかかっています

真布 7
  これ、待合室、建て替えたとは思えないんだけど、
  かといって 下向きだった屋根を取っ払って、そこに新たに壁を張り直したにしては
  きれい過ぎるようにも見えるしなあ、、、
[ .北見大橋 at 2015/02/03(Tue) 23:30コメント(2) ]
2015/02/03(Tue)
他の写真も見てみましょう

深川駅 1
  昭和50年頃の深川駅構内
  左の車両は、奥に向かって排雪中のモーターカーロータリー



D61 その2

D61 その3
  おお、生々しい、生きた姿のロータリー車が!
  キ600かな?





筑紫駅 4
  昭和18年の秩父別駅 (当時は筑紫駅)

秩父別駅 5
  平成20年(2008年)撮影の 秩父別駅。
  右端の窓が埋められた以外は、昔とほとんど変わらなく見える


筑紫駅 6
  明治43年の開通当時の筑紫駅構内。  奥が深川方


秩父別駅 7
  昭和30年頃の秩父別駅  (昭和29年に、筑紫から秩父別に駅名改称)

秩父別駅 8
  見るからに 元・交換駅だったのはわかりますが、中線まであったとは知りませんでした









石狩沼田駅 9
  「札沼線が廃止される前の石狩沼田駅」 「撮影日不明」 とのこと。  跨線橋がある

  札沼線は昭和10年に沼田まで全通するも 、9年後に不要不急線として
  石狩当別~石狩沼田間の線路がはがされ、終戦後の昭和21年に浦臼まで復活。  
  しかし浦臼~石狩沼田間の復活は昭和31年と遅れ、成績が振るわないまま
  再開後わずか16年で、昭和47年に 新十津川~石狩沼田間が廃止になりました。







恵比島駅 10
  「昭和43年頃の恵比島駅」  
  留萠鉄道が分岐する拠点駅で、ここにも跨線橋があった。

  留萠鉄道は 昭和44年の昭和炭鉱・太刀別炭鉱の閉山に伴い営業休止となり、
  2年後の昭和46年に正式廃止になりました


恵比島駅 11
  (作品コメントより) 「恵比島駅のホーム付近から撮影した写真です。 右の建物は
  現在も駅舎の真裏に残っている、旧留萠鉄道株式会社の本社社屋です」










留萌駅 12
  昭和39年頃の留萠駅


留萌駅 13
  昭和47年2月、留萠駅から深川へ向けプッシュプルで発車していく貨物列車。
  奥に留萠駅の跨線橋が見える  


留萌駅 14
  昭和60年3月、カラの石炭車の入換作業。 機関車はDE。 車掌車が付いている。
  
  留萠駅って石炭の積み出し港だったんだもんなあ。

  







信砂川 15
  国道の彦部橋から見た、信砂川橋梁 (阿分~信砂)
  昭和38年に、この橋のすぐ右手に信砂仮乗降場が設置されます









増毛駅 16
  大正後期に撮影の 増毛駅。  留萠~増毛間は大正10年の開業なので、
  開業当時の写真といってもよさそう。  
  今と全然変わらないですね

増毛駅 17

増毛駅 18
  今はトイレが出来ましたが、駅舎の雰囲気を見ると
  開業当時の駅舎のようにも見えます
[ .北見大橋 at 2015/02/03(Tue) 23:25コメント(0) ]
2015/02/03(Tue)
真布

真布仮乗降場の事を調べるのに画像検索していましたら、
上の写真が、沼田町のホームページ内で見られることがわかりました。

沼田町ホームページ 「なつかしの写真館」
ttp://www.town.numata.hokkaido.jp/photo_lib/ujj7s300000020ge.html




そこでは 昭和41~43年頃に撮影された沼田町内の写真が30枚ほど
見ることができ、

北竜
  (石狩沼田から2駅札幌寄りの) 札沼線の北竜駅や、


本通
  留萌鉄道の本通駅 (恵比島~幌新間にあった乗降場) の写真など、
  貴重な、駅の写真も数枚載っていましたので、ご覧になってみてはいかがでしょうか
[ .北見大橋 at 2015/02/03(Tue) 23:20コメント(0) ]
2015/01/30(Fri)
平成20年(2008年)1月、公園で保存されているEF57を見に
栃木県は宇都宮市を訪れました。

宇都宮駅から700~800m離れたところにある駅東公園


EF57 その1
  居た。  でかい!




EF57 その2
  もともと道北・道東育ちの人間なので 電気機関車といえばED76-500番台しか
  見たことがなく、今でも函館あたりでED79やEH500を見ても異国の車両に
  見えるくらいなのに
  それが 直流機で、さらに茶色の古典機ともなると、まさに図鑑でしか見たことがない世界。





EF57 その3
  EF57の特徴のひとつである、パンタグラフ取り付け高さを低くするため
  車端部より前に突き出たパンタグラフ。

  驚いたのが、パンタが上がっているだけでなく、きちんと架線まで張られていること!
  これにより、電気機関車が生き生きした姿に見えてきます
 (逆に、電機でも電車でもパンタが下りた状態の展示だと どうしてもあとひとつもの足りない
  というか、死んだような姿に見えてしまいます。 とても勝手な意見ではありますが。)









EF57 その4
  またさらに驚いたのが、この機関車が造られたのが 昭和15~16年という古さだったこと。
   (この7号機は昭和17年製)
  お前、C62よりも前の 第2次大戦中に造られていたのか!?

  まあ、EF57がいつ頃造られたのかなんて考える機会はもちろん無かったけど、
  漠然と、昭和20年代後半から30年代頃の機関車なのかなーと思ってました。



  
  
EF57 その5

  私の中では 「EF57といえば東北本線」 というイメージでしたが それはあくまで晩年の
  話しだそうで、
  もともとは東海道本線での優等列車牽引用に造られた最強力の機関車であり、
  特急つばめ や はと なども牽いていた一級の花形機だったそうです。

  昭和21年に後継のEF58が登場してもなお、第一線で使用されていましたが
  昭和27年以降、EF58が それまでのEF57と同じデッキ付きの箱型車体から流線型の
  車体に載せかえられて大量増備されると、特急牽引からしりぞき普通列車運用へ。
  
  そして東海道本線全線電化を前にした昭和31年に15両全機が高崎線・上越線へ移動、
  上野~長岡間で上越国境の峠越えをする厳しい運用に当たっていましたが、わずか5年で
  またEF58に追われる形で、全車 宇都宮運転所へ転属になり、ここでようやく
  自分がイメージする東北本線での運用に入って EF56と共に上野~黒磯間で晩年を
  過ごすこととなりました。








EF57 その6
  重厚な足回りに 先輪の上の広いデッキ、上越線転出時に取り付けられた運転台窓上の
  ツララ切り、そして突き出たパンタグラフ。

  台車配置は2C+C2 で、動輪部分はEF65などの B-B-B ではなく、
  2C (2軸の先輪と動輪3軸が一体化した台車枠) が前後に1セットずつ有るという
  形なのね。  いやあ、それにしてもごつい。  蒸気機関車に通ずるものを感じる。

  台車を写した写真はこの1枚だけで、もっと足回りを撮っておけばよかったなあ (後悔)


EF57の出力は、275kw×6で 1650kw 。
ちなみに 改良型のEF58は 315kw×6で 1900kw、EH10は 315kw×8で 2530kw、
新型電機のEF60(の2次車以降)は 425kw×6で 2550kw、 EF65も2550kw、
EF66で 650kw×6で 3900kwでした。 こうして比較するとEF66のパワーが突出しているのがわかります。

平成2年登場のEF200で 1000kw×6 の 6000kw機を造ったものの、あまりのハイパワーっぷりに必要電力をまかないきれず、最大出力までノッチアップすると架線の電圧低下が起こって、自機だけでなく 前後を走る電車まで電力不足に陥る事象が頻発したため、
25ノッチあるところを 15ノッチまでしか進段出来ないよう制限されてしまいました。
で、後継のEF210では 565kw×6の 3390kwという控えめな出力に落ち着き、今に至っています。
  
五稜郭まで来ている赤いボディのEH500は 565kw×8で 最大出力は4520kwですが、
EF200と同じく地上設備(変電所)の関係で、通常は 直流区間では3400kw、交流区間では4000kw程度におさえて運用されています。


ちょっと話しがそれましたが、変電所を増強しないままハイパワー機を造ってもうまくいかなかったというのは、興味深い話しですね。









EF57 その7
  ほかのデッキ付き古典機と同じく乗務員扉は車体横に無く、正面のみで、
  冬はすきま風に悩まされたそうな。




EF57 その8

昭和35年に高崎・上越線から宇都宮へ移り、EF56・EF58と共に東北本線で活躍するも
EF58の運用に余裕が出てくると、EF57の運用にEF58が入ることが増えていき 休車となる車両が出始め、昭和50年の山陽新幹線の博多延伸で 広島・下関で余ったEF58が転入してきたことで EF56は全機廃車に、EF57も状態不良車から廃車がはじまり、昭和53年までに全機が廃車となりました。







EF57 その9
  

EF57 その10

  もともと15両のみ製造されたEF57ですが、そのうちの1台であるこの7号機は
  昭和55年に国鉄から宇都宮市へ永久貸与(!)され、
  今もこうして大事に展示・保存されており、ありがたいことです
[ .北見大橋 at 2015/01/30(Fri) 00:30コメント(2) ]
2015/01/28(Wed)
平成18年(2006年)12月、初めて泊まりがけで 十勝地方の学校めぐりをしました。

朝4時半に出発。


日高高校 1
  日高町の 町立日高高校 (朝7時)。
  道立かと思いこんでましたが、帰宅後調べたら町立の高校でした




上清水小学校 2
  日勝峠を越え、清水町立 上清水小学校跡

上清水小学校 3
  窓越しに校内





初日は 清水町と芽室町南部の学校を見てまわりました


雄馬別小学校 4
  芽室町立 雄馬別(おまべつ)小学校跡







この日は帯広駅前の 「ホテルふく井」 に宿泊。 駐車料込みで素泊まり5900円


ホテルふく井 5
  翌朝。  部屋から帯広駅が見える (平成8年に高架化)




2日目は幕別町からスタートして、豊頃町・浦幌町の 旧・大津村の村域を重点的にまわりました

湧洞小学校 6
  豊頃町立 湧洞(ゆうどう)小学校跡


湧洞小学校 7
  昭和30年まで、十勝郡大津村の湧洞小学校だった


湧洞小学校 8




このあと 大津、旅来、安骨、農野牛、豊頃地区をまわり、


礼文内小学校 9
  豊頃町立 礼文内小学校跡


十弗、幾千瀬、稲穂地区で15時台に入り、タイムアウト。 16時でもう空は夜の暗さに。
冬場は、日の出は遅いし日の入りは早いしで まいります。




2日目は、電話ボックスのタウンページを見て適当にかけた、池田駅前の旅館が宿になりました。
電話した際、駐車場は無いので、クルマは駅前にある無料の町営駐車場に停めてくださいと言われました。



大正館 10
  テレビ横の 巨大な歌舞伎人形がいい感じです


それまで自分は (今もですが) 冬でも平気でエンジン切って車中泊をする人間で、泊まるとなっても励明薬湯とかの健康ランドが関の山でしたが、このとき 趣味活動で初めて 「まともな宿」 というのに泊まりました。

この日は工事関係者の人に混じっての宿泊で、部屋も写真の通り、
いかにも 「歴史ある駅前旅館」 の風情(要はオンボロ)でしたが、寒い中で車中泊をしている身にとっては もう十分すぎるほどの好環境で、屋根とストーブがあり、布団で足を伸ばして寝られるだけでサイコー!って感じでした (笑)  







3日目は 日の出と共に朝7時から活動開始


大正館 11
  大正館   灯油代込みで 素泊まり4300円

写真すぐ奥の大きい建物が、バナナ饅頭でおなじみのレストランよねくら (ホテルよねくら) 。
池田駅は写真左、よねくらの向かいにあります。



てくてく歩いて、駅前駐車場へ

池田駅前駐車場 12
  当時乗っていたワゴンR     (写真左側が池田駅)










  ん?、、、なんか変な感じが、、、










池田駅前駐車場 13
  ああっ、ワイパーが無(ね)え!!***
  ついこないだ買ったばかりの冬ワイパーが盗まれた~~!!





池田駅前駐車場 14
  ご丁寧に後ろのまでしっかり盗んでいってやがる!(殺)




  どうしよう。。。





その辺の田舎のガソリンスタンドで、軽のワイパーなんて売ってるのだろうか?
あったとしてもカー用品店より けっこう値段がしそうだしなあ、、、
かといって、どうせこの日の夕方に帰路の途中で通る帯広まで、わざわざ
いま往復するのもなあ、、、  (池田~帯広は片道25キロ)
ていうか、こんな時間(朝の7時)に行ったところで、まだカー用品店は開いてないし。。。

(この日の十勝地方の天気予報は 晴れときどき曇りだったので)
このままアームを立てたまま、夕方までワイパー無しで耐えてみるか?、、、と考えるも、
いやあ、雪うんぬんより、前走車や対向車の水しぶきであっという間に前が見えなくなるだろうから それはさすがに無理だ、、、、、、などなど、
ワイパーが無くなったクルマの前で 「う~ん」 と逡巡していたところ、
あ、そうだ、夏ワイパー積みっぱなしだったんだ、ということを思い出した!




池田駅前駐車場 15
  夏ワイパー装着!


ついこないだオートバックスで冬用のを新調したとき、店の駐車場ですぐに付け替えたまま
夏ワイパーを物置に移動するのを忘れていたのが、さいわいしました☆
普段なら 交換したワイパーを車内に積みっぱなしにしてる事なんて無いのだから、なんたる幸運、不幸中の幸い!  この時だけは、自分のずぼらさに感謝でした (笑)

駐在所に行こうか一瞬考えましたが、行った所でワイパーが返ってくるわけでもないし、
自分も警察さんも手間と時間のムダなので、そのままあきらめて 池田駅を出発しました。


チクショー、冬ワイパー3本分、7千円相当を どうしてくれるんだ!

まあ、タイヤを盗まれなかっただけ良かったと、無理やりいい方に考える事にしよう (泣)







駅を出て、東台、富岡、昭栄、 浦幌町の 吉野、静内、新養老、豊北、十勝川河口の
十勝地区、そして

厚内中学校 16
  昆布刈石を通って、浦幌町立 厚内中学校の跡



その後は 上厚内、常室(とこむろ)、 池田町の川合、利別、青山、 音更町の葭原を通り、

長流枝内小学校 17
  音更町立 長流枝内(おさるしない)小学校跡



もともと雪が少ない十勝地方ということで 主要道路ではほぼ乾燥路面でとても運転しやすかったのですが、その一方で ワイパーを盗まれた時に杞憂したとおり、雪解け水などで塗れた路面で巻き上げられる水しぶきがフロントガラスに付くと、あっという間にガラスは真っ白のカピカピ状態になり、ウォッシャー液をよく使いました。

あのとき、「アームを立てたままブレード無しで夕方まで耐えてみるか?」 と一瞬考えてはみたものの、これがウォッシャー液切れならば、ときおり停車して、汚れたフロントガラスに雪をかけるという応急処置が使えますが、ブレードが無いとなるとふき取り自体が出来ないので、やはり ワイパーブレード無しでの運転はまったく無理でした。
特にガラスに水しぶきが付いて乾燥した状態で 太陽が真正面に来ると、ほんとに目の前が真っ白になって前がまったく見えなくて運転不能になっていたことでしょう。








冬ワイパー購入 18
  音更のカー用品店で、冬ワイパーを再購入  (15時)
  また7千円も払うハメに、、、  地味に精神的ダメージがでかかった、、、






日の入りまでのラストスパートで、音更町然別、鎮錬(ちんねる)、上然別をまわり、

高倉小学校 19
 そして高倉小学校跡で、今回の学校めぐりの旅は 日没・タイムアウトとなりました (16時)








鹿美小学校 20

途中、鹿追町の鹿美(しかび)小学校の横を通ると、あとはまっすぐ夜の日勝・樹海ロードを
帰りました。

あ~あ、青空駐車場で 新品の冬ワイパー3本すべてを盗まれるだなんて、ひでえ目に遭った旅でした (泣)
[ .北見大橋 at 2015/01/28(Wed) 21:30コメント(2) ]
2015/01/01(Thu)
平成26年(2014年)の大みそかの夜

最寄りの神社ではなく、あえて 幼少期に8年過ごした東川町の神社へ行ってみることにしました。
神社に到着したとき、ちょうど日付けが変わり 新年を迎えました


初もうで 1


初もうで 2
  鎮守 東川神社   
  

初もうで 3
  奥から 威勢のいい太鼓の響きが聞こえてきました  
   (平成27年1月1日 午前0時02分)







初もうで 4
  東川町の伝統芸能、羽衣太鼓

初もうで 5
  小学校のとき、友だちがやっていたなあ







初もうで 6
  20発ほど花火が上がり、参拝客から歓声が
 
初もうで 7
  

初もうで 8








初もうで 9
  東川には 3歳から小学5年生まで住んでいましたが、東川神社に限らず
  わが家では 大みそかの夜に初詣に行ったことはありませんでした。
  (今も昔も、日付けが変わる時間帯に初詣へ行く、という習慣がないのです)

  人口8千人の小さな町ですが、こんなに初詣に出かける人が居るもんなんだと
  すこし驚きました






初もうで 10
  氷の灯篭


初もうで 11









初もうで 12
  ゆっくりゆっくり進んでいきます


初もうで 13



初もうで 14
  奥で神主さんがお祈り


初もうで 15
  お賽銭はこちらへ


初もうで 16
  賽銭箱の両サイドでは、お守り、破魔矢、おみくじの販売








初もうで 17

雪が降らず気温もそれほどしばれず、とても穏やかな夜でした
[ .北見大橋 at 2015/01/01(Thu) 18:05コメント(0) ]
2015/01/01(Thu)
初もうで 21
  まだたくさんの人が並んでいます   (0時20分)



初もうで 22
  おみくじをここで確認。  大吉出たかな?




初もうで 23
  神主さんと巫女さんが 東川神社の境内の中にある別の社(やしろ)へ向かったので
  ついていってみました







初もうで 24
  忠別(ちゅうべつ)神社






初もうで 25


初もうで 26


初もうで 27


初もうで 28


初もうで 29
  今年、天下を取れますように









初もうで 30
  列が無くなりました



初もうで 31
  たき火で暖まる










初もうで 32
  そろそろ帰ることに   (0時35分)



初もうで 33
  初めてふるさとの神社へ、それも大みそかの夜に出かけました。
  こんな年初めもいいものです
[ .北見大橋 at 2015/01/01(Thu) 18:00コメント(0) ]
2015/01/01(Thu)
元旦の午後から、今度は愛別の神社へ行ってみました

愛別神社 1
  愛別神社  (14時半)


愛別神社 2
  愛別神社といえば、この大しめ縄


愛別神社 3









愛別神社 4
  社務所。  拝殿はさらに上にある









愛別神社 5
  息を切らせ、到着


愛別神社 6



愛別神社 7



愛別神社 8




愛別神社 9
  今年、天下を取れますように








愛別神社 10



愛別神社 11
  神酒所    神社にはそんな建物もあるのか








愛別神社 12
  滑らないようにゆっくり。

  写真奥・一番上に見えてる建物は、平成23年(2011年)春に閉校になった
  愛別高校の体育館。  
  改装工事の末に、平成26年春から 「美深高等養護学校 あいべつ校」 として
  息を吹き返しました




愛別神社 13














せっかくなので、宗谷線の定期排雪列車を撮っていくことに


宗谷ラッセル 14
  旭川14時半発のラッセル。  北比布乗降場付近にて  (15時10分)


宗谷ラッセル 15
  雪が降っても降らなくても、毎日走っています


宗谷ラッセル 16
  ラッセルヘッドが単線型のDE15


宗谷ラッセル 17

  比布スキー場をバックに、名寄へ走っていきました。
  名寄には17時半に着き ひと休みしたのち、23時台に稚内へ向け 出ていきます












  今度は石北線へ移動

石北ラッセル 18
  北日ノ出仮乗降場付近にて、遠軽行きの定期排雪列車  (15時52分)

  旭川を15時半に出て 白滝に19時30分頃到着し、遠軽まで回送。
  復路は遠軽1時半発で、旭川には朝6時すぎに戻ってきます


石北ラッセル 19
  石北線のラッセルは、複線型のDE15を使用


石北ラッセル 20

  それにしても昼間もずっと天気の良い、穏やかな元旦でした
[ .北見大橋 at 2015/01/01(Thu) 17:50コメント(0) ]
ブログ作者
北見大橋
  • 性別
    男性
  • 住所
    北海道中央部
  • 年齢
    43歳
  • 誕生日
    10月05日
とある方から北海道内で廃止になった路線の、駅の写真を分けて頂きました。 いくつかの路線の写真しかありませんが、仮乗降場に興味がある方に見て頂きたく、その思いだけでパソコン初心者が作ったブログです。 ほとんどが仮乗降場に関係のない記事ですが、ご笑覧頂けたら幸いです。
このブログについて
◆当ブログに掲載している写真は、特記が無い限り、基本的に自由にお使い頂いてOKです                    ◆誤字脱字、記事内容や写真の間違いなど気づかれましたら、ご指摘いただけると助かります
最新記事
最新コメント